依存症問題のより良い報道の実現に向けて ぜひ、専門家や関係団体と意見交換の場を設けてください
「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」(以下、当ネットワーク)は、依存症の回復支援に取り組む当事者・家族・治療者・研究者ら有志で2016年7月に結成した団体です。マスメディアが「情報の架け橋」として機能し、世の中の依存症問題が改善されていくことを願って活動しています。今回の要望に関しては、20関連団体・学会から賛同を得ており、連名で要望させていただきます。 貴協会・連盟はこれまで、メディアスクラムや災害時の報道、新型コロナウイルスの差別偏見問題等に対し、専門家との真摯な意見交換を通して、時代に応じた取材・報道にアップデートされてきました。誤解や偏見に晒されがちな依存症問題についても、ぜひ、意見交換の場を設けていただけないでしょうか。その上で貴協会・貴連盟のご見解を「声明」などの形で公表いただければ、より良い報道の実現に向けて、各報道機関によるルール作りの呼び水になると期待しております。 依存症への誤解や偏見をなくし、回復を支える社会を実現するためには、報道機関の理解や協力が不可欠です。建設的な対話に向けて、我々も最大限の協力をさせていただく所存です。 前向きなご回答を強く望みます。
【依存症問題と報道の現状】
アルコール・薬物・ギャンブル等の依存症は、誰もがなる可能性がある、もっとも身近な病気の一つです。一方で、本人の意思のみで治すことは難しく、周囲からは理解が難しい病気でもあります。「だらしがない」「意志が弱い」「人格の問題」といった誤解・偏見は根強く、当事者や家族、支援者らは、病気そのものだけでなく社会的スティグマとの戦いも強いられてきました。
その反省から、2013年に「アルコール健康障害対策基本法」、2018年に「ギャンブル等依存症対策基本法」が成立し、薬物等も含め、各省庁や関連団体、専門家らが、「回復できる病気であり、一人で悩まず相談してほしい」と社会に呼びかけ働きかけてきました。
けれども、ときにメディアの報道は、この地道な啓発を打ち消してしまうのです。 当ネットワークの発足は2016年、芸能人や有名スポーツ選手の薬物事件などをめぐって、偏見や無理解に基づくバッシング報道が続いたことに端を発します。2017年2月「薬物報道ガイドライン」を公表し、薬物問題への節度ある報道を求めました。さらに、2018年には「依存症報道グッド・プレス賞」を創設し、依存症への理解を助ける優れた報道を表彰するとともに、報道の第一線に立たれる皆様と建設的な意見交換を重ねてきました。このような活動の中で、依存症を正しく伝え、回復を後押しする報道が着実に増えてきていることも実感しています。 一方で、残念ながら、依存症への誤解や偏見を助長し、回復や社会復帰の阻害にもつながりかねない報道が散見されることも事実です。今年5月には、回復施設「木津川ダルク」(京都府)において入所者が覚醒剤取締法違反容疑で逮捕される事件があり、一部の報道機関は実名で報道しました。治療中の依存症者が再使用することは、回復プロセスの中でよく起きることです。使用を繰り返しながら、仲間とつながることで回復の糸口を見つけ、新しい生活を歩んでいく回復者も多くいます。今回の一部報道は、ダルクが犯罪集団であるかのような偏見を強め、入所者やその家族を、より厳しい立場に追いやる結果となっています。 事件報道における「実名報道」の意義は理解できる一方で、貴協会・貴連盟は「人権の尊重」の原則も掲げておられます。回復途上の依存症者を名指しで批判し、デジタルタトゥーで就職等へのハードルを上げることが、はたして適正な報道のあり方なのか、今一度、考えていただきたいというのが我々の切なる願いです。 実名報道は、日本大学アメリカンフットボール部の大麻所持問題に関しても大々的に行なわれました。神戸でコカインを使用した疑いで逮捕された大学生5人も実名報道でした。依存症かどうかに関わらず、薬物問題の報道ではこの傾向が強く見られます。
また、米・大リーグ選手の通訳者によるギャンブル問題等、社会的な耳目を集める多くの事象の背景には依存症問題がありますが、依存症報道を巡る明確な報道基準やルールが定められていないためか、各社の報道にはばらつきが大きく、報道の仕方によっては、人格非難や社会的排除をエスカレートさせてしまいます。その一方で、依存症問題への理解を深める啓発的な報道もあるのです。 人権を尊重し回復の視点をもった報道とは何か。ぜひご一緒に考えていただけないでしょうか。 6月中に何らかのご回答をいただければ幸いです。